ブリティッシュコロンビア州

ブリティッシュコロンビア州(英語:Province of British Columbia、フランス語:Province de Colombie-Britannique)は、カナダの州のひとつ。太平洋に面したカナダ最西部に位置する。略してBCまたはBC州とも呼ばれる。

州名の中の「コロンビア」とはコロンブスに由来するアメリカ州の別称である。このため「ブリティッシュコロンビア」とは「英国領アメリカ」という意味合いを持つ。

北米大陸から海峡を隔てて西にあるバンクーバー島に州都ビクトリアがあるが、最大の都市は大陸本土のバンクーバーである。

内陸部は豊かな自然が多く残っていることから観光産業も盛んであり、ウィスラーなどのリゾート地も知られている。

歴史

ブリティッシュ・コロンビアには、多数のインディアン部族が先住し、現在もキャリア族などのディネ族、チルコーティン族、ハイダ族(Haida)、リルエット族(St'at'imc)、スクワミッシュ族(Sḵwx̱wú7mesh)、タギシュ族、トリンギット族など、30以上の言語を話す多くのインディアン民族が居住している。食料や木材、鉱物など天然資源が豊富であったため、ブリティッシュ・コロンビアの太平洋岸では社会が発達し、特にハイダ芸術のような芸術や政治の分野が発展した。トーテム・ポールやポトラッチはもっともよく知られた文化であろう。彼らの文化であるポトラッチや捕鯨は、20世紀に入ってからカナダ政府によって禁止弾圧された。現在も捕鯨文化の再開を要求している部族は多い。

18世紀の中頃からヨーロッパからの探検家が主にラッコ毛皮貿易のために訪れるようになった。1778年、ジェームズ・クック船長が欧州から北極海経由でアジアへ向かう北西航路を発見しようとこの地域へ到達し、ヌートカ・サウンド(Nootka Sound)に到着。その後イギリス人の入植へと続くが、1513年以来スペインの太平洋岸支配宣言が続いており、イギリスとスペインがヌートカ・サウンドを巡り交戦。その後1794年にヌートカ条約(Nootka Convention)が結ばれ、オレゴンから現在のブリティッシュ・コロンビア入植地の太平洋岸はイギリスに属することとなる。

その後は欧州との交易や開拓が進んだ。北西会社の3人のイギリス人、欧州人として初めて北米大陸を横断し太平洋に達したアレグザンダー・マッケンジー、この地域にいくつかの砦を建設したサイモン・フレーザー(Simon Fraser)、デイビッド・トンプソン(David Thompson)などの探検家達が太平洋に注ぎ込むコロンビア川の河口を探索した。「ハドソン湾会社」がその後この地域を管理下におき、ビクトリア砦(Fort Victoria、現在のビクトリア)もその会社の業務を保護するために1843年に建設された。この当時、アメリカの「マニフェスト・デスティニー」---アメリカの領土拡張主義---が最も実際の脅威として考えられた。1846年にオレゴン条約が調印され、ロッキー山脈以西の北米英領とアメリカ領の国境を北緯49度と定めた。

自治領への加盟

バンクーバー島は1849年、本土側は1858年にそれぞれイギリスの植民地となる。両者は1866年、ブリティッシュ・コロンビア植民地として統合される。1871年、「カナダ自治領」(Dominion of Canada)に加入しブリティッシュコロンビア州となる。1858年にフレーザー川下流岸に金鉱が発見され、ゴールドラッシュが始まった。ビクトリアも金を求める人であふれ、道路網の整備などが進んだ。その後の行政の失敗で発生した大きな負債を自治領政府が負担する形で、バンクーバー島植民地と本土側が統合し、自治領に加入することとなった。その際、自治領政府はモントリオールからの大陸横断鉄道を敷設することを公約とした。

その後の歴史的出来事

カナダ太平洋鉄道(CPR)の大陸横断鉄道が完成し、バンクーバー港と直結してからは、バンクーバーは太平洋岸での主要な都市となり、カナダの豊かな天然資源や工業製品の輸出基地となって現在まで発展した。

19世紀末から20世紀初頭にかけての白人入植者の増加に伴い、彼らによってインフルエンザや天然痘がインディアンの集落に持ち込まれ、これら伝染病は「集落単位で消滅する」規模で猛威をふるい、免疫を持たないインディアン社会に大打撃を与えた。彼らの死体は一つの穴に大雑把に放り込まれて埋められ、墓標すら立てられなかった。近年になり、部族の有志によって遺骨の家族への返還作業が少しずつ進められている。

20世紀に入ってから、多くの移民が世界各国からやってきた。この時点ではまだ人種差別も激しく、様々な人種差別事件が起こった。イギリス領として開拓してきた頃の無謀で不誠実、時には暴力による、インディアンとの交渉の過程を鑑みて、インディアンとの差別問題では現在でも論争が続いている。ブリティッシュコロンビア州はその後も地勢学的な関係からもアジアとの結びつきが強く、日本を含むアジアからの移民を多く受け入れていることもあり、アジア経済に後押しされての経済発展が続いている。日本をはじめとする国からの観光客も多く、観光産業が発展している。

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